弁護士奧野舞のブログ

弁護士法人シティ総合法律事務所(http://www.city-lawoffice.com/)

【労働】定額残業代は使用者のメリットになるのか①

業種によっては,時間外労働が日常的に発生してしまう場合があります。(運送業,タクシー・運転代行業などがイメージしやすいでしょうか。)

 

こうした場合に,使用者と労働者との合意によって,「時間外労働に対する対価を,定額の手当として支給する」場合があります。

 

これ自体は,行政解釈と裁判例によって認められていて,割増賃金を労基法37条の定めのとおりに計算して支払っても,定額の手当として支払っても,実際に労基法37条に基づいて計算した割増賃金額を下回らない限りは適法とされています。

 

前回の記事(http://maioqueno.hatenablog.com/entries/2015/08/05)で示した算定式を使って計算してみます。


【事例】

Aさんは,勤務先から受けていた給与・手当は下記のとおりです。

(※通勤手当などの法定除外手当は,計算の関係上省略します。)

 

・基本給 16万円

・残業手当 5万円

・1ヶ月の所定労働時間 160時間(8時間×20日間)

Aさんは,時間外労働が毎月平均して40時間ほど発生していました。

(なお,時間外労働は午後10時以降の時間帯には発生していなかったものとします。)

 

平成27年6月におけるAさんの時間外労働時間数が40時間ちょうどだった場合,労基法37条にもとづいて割増賃金を計算すると,

「16万円÷160時間×40時間×1.25=5万」となりますので,

残業手当として支払われた5万円は,労基法37条で算定した金額を下回っていませんので,使用者にAさんへの割増賃金支払義務は発生しません。

 

ところが,同年7月におけるAさんの時間外労働時間数が41時間だった場合,労基法37条に基づいた割増賃金は,

「16万円÷160時間×41時間×1.25=5万1250」となりますので,

残業手当5万円が,労基法37条で算定した金額を下回っています。

この場合,Aさんは残業手当との差額1250円について,使用者に割増賃金の支払請求が出来ることになります。

 

上記は,基本給と残業手当が明確に区分されて支払われていたケースを前提としているので,計算は簡単です。

 

 

会社によっては,割増賃金相当分の金額を「基本給」の中に含めてしまっている場合もあります。(上記のAさんの例でいえば,給与明細上「基本給21万円」が支給されているが,会社としては内5万円は割増賃金相当分として支給したつもりだった,というような場合です。)

 

この場合,労基法37条の算出結果と,割増賃金相当分の定額部分を比較することが出来なくなりそうです。

 

しかし最高裁判例最高裁第一小法廷昭和63年7月14日判決,最高裁第二小法廷平成6年6月13日判決)では,基本給のうち割増賃金に当たる部分は明確に区分されている必要があり,その区分が不明確な場合には『時間外割増賃金を定額で支払う』との合意の効力は無いものと判断されています。

 

したがって,もしAさんの勤務先の給与明細や労働条件通知書・雇用契約書等に「基本給21万円」とだけ記載されており,うち5万円が割増賃金相当分ということが明記されていなければ,使用者側がいくら「5万円は割増賃金の趣旨で支払っていたんです!」と主張しても,裁判所では認めてもらえない可能性が高いでしょう。

 

その結果,平成27年6月のAさんの割増賃金を労基法37条に基づいて計算すると

「21万円÷160時間×40時間×1.25=6万5625円」となり,

会社としては,平成27年6月に40時間分の時間外労働をしたAさんに対し,基本給+割増賃金の合計27万5625円について,支払義務が発生することになります。

 

手当を割増賃金相当定額分として支払う場合は,基本給との明確な区分をしておかないと,使用者としては想定外に大きな支出を伴うことになってしまいます。

 

もっとも,基本給と割増賃金相当分の区分が明確でなかった場合でも,「時間外割増賃金を定額で支払う」旨の合意が有効とされた裁判例もあります。

これは各事件の個別的な事情に着目する必要があるので,次回以降,裁判例を挙げて考えてみたいと思います。