弁護士奧野舞のブログ

弁護士法人シティ総合法律事務所(http://www.city-lawoffice.com/)

【医業関連】<Q&A>病院内での暴力や暴言に対する対処①

<Q>

あるクリニックでは,交通事故で外傷を負った患者に,事故直後から月に1~2度のペースで通院してもらっていましたが,医師がそろそろ通院も不要と考え,患者に対し「受傷部位に異変を感じたらまた来て下さいね。」と言い,定期的な診察は一旦終了する旨を伝えました。

すると,患者は「一向にしびれが治らない。そもそものお前の診療ミスだ!金なんか払えるか!」と大声で怒鳴るとともに,診察室にあったトレーなどを医師に向かって投げつけ,その後担当医に土下座を強要し,結局診療代も支払わずに出ていってしまいました。病院としてはどういう対処をすればよいのでしょう?

 

 

<A>

 患者が医師や看護師その他職員に対して暴力や暴言を行った場合は,それが刑法上の犯罪行為に当たる可能性があるので,暴力や暴言があったこと自体を証拠として残すために,すぐに警察に通報するとともに,出来る限り早く弁護士など第三者を関与させる必要があります。

 

先程のケースでいえば,まず,クリニック内で医師や病院職員に対して大声で怒鳴る行為は,刑法上の「威力業務妨害罪」に当たる可能性があります。大声を出すことで周囲を威嚇し,通常の病院業務に支障を生じさせているからです。

また,患者が医師にトレーを投げつけた行為は「暴行罪」に当たる可能性がありますし,実際に医師や病院職員が投げられた物に当たって怪我をした場合には「傷害罪」に当たる可能性もあります。病院内の備品を壊せば器物損壊罪に当たる可能性があり,土下座を強要した行為は,「強要罪」に当たる可能性があります。

病院側として誠心誠意対応していたつもりでも,医師や職員等との意思疎通がうまくいかずに病院内での患者による暴力・暴言が行われた場合,いかなる経緯や理由があれど,患者側は診療に不満があったら何を言ってもやってもいいんだ,ということにはなりません。

病院として法的に適切な対応をするために,まずは警察や弁護士に相談をしてください。

 

病院関係者だけで問題に対処しようとした場合,どうしても,「診療契約にもとづいて医師が行った説明や診療に問題がなかったか…」という話に帰着してしまうので,もし病院側にわずかでも引け目を感じる部分があった場合は,そこに付け込まれて患者側から不当な請求や要求が なされてその内容がエスカレートしていく,といった危険性もあります。

また,患者の暴言や暴力は,多くの人間が目撃している場で行われるとは限らないですから,患者側と病院側の言い分が食い違ったまま,「言った言わない」の話で平行線となり,話し合いでは一向に解決しないことも多いです。

 

警察や弁護士に早期に相談をするメリットは,被害に遭った事実を通報・相談することで第三者のもとに記録が残りますし,もし暴行・暴言をきっかけとして刑事裁判・民事裁判に発展したとしても,病院側の主張のとおりに「実際に暴言・暴力があった」として,裁判の中でも信憑性のある話と評価される可能性が高くなります。 

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【医業関連】医師の転送義務

クリニックにおいては,常にそのクリニックの設備の中で患者の検査・診療を全て賄えるケースばかりではありません。

 

ときには,クリニックの医師の専門外の患者も来院しますし,専門分野であっても,自分のクリニックでは十分な治療が出来ない場合もあります。

医師は,その都度「自分のところで手におえない患者を適切に転送させる」必要が出てきます。これを転送義務(転医義務)といいます。

 

転送義務の内容について,参考になる裁判例を紹介します。

 

大阪地裁平成9年3月7日判決では,開業医の転送義務(※裁判例では「転医指示義務」と表現されています。)について,下記のような判断がなされています。

 

「…医師等は,診断義務の一環として,当該患者の症状を診断・治療する具体的な能力が不足していたり,必要な検査・治療の設備等を有していない場合,そのことが判明した段階で直ちに,右患者に対し,専門医や設備の完備した病院において速やかに受診するよう指示する義務を負っている。」

 

「そして,医師等は,右患者に対し,有効・適切な医療措置を受けることができるように,当該症状を診断できる能力や設備等を具備する病院名等を具体的に示し,必要に応じて紹介状を交付するなどしなければならないというべきである。」

 

この裁判例の記載ぶりからすると,もし医師が自分のクリニックでは手に負えないと判断したときには,「一応,他の大きな病院でも診てもらった方がいいですよ。」といった言葉をかけるだけでは,医師としての転医指示義務を果たしたことにはならず,「たとえば〇〇病院は検査設備も整っているし,ここで診てもらってください。紹介状を書いておきましょう。」…という対応がなされていれば,転医指示義務違反を問われることもなかったでしょう。

 

上記の裁判例のケースでも,実際には医師が患者に対して「悪化するようなら,大きな病院で診てもらいなさい。」と述べていたようですが,裁判所はこの医師について,「十分な診断ないし転医指示を行ったということは到底できない」と判断しています。

 

こうした判断の背景には,やはり「医師=専門家」「患者=素人」という構図のもとでは,「患者が最大限医師の言葉をくみ取って,慎重に慎重に対応し,医師の診断結果を踏まえて自らセカンドオピニオンを聴きにいくべきであって,それをしなかった患者について後に悪い結果が生じたとしても,それは患者の自己責任である」,という考え方がまかり通ってしまうと,専門知識を持っていない患者側にあまりに酷である,との価値判断があるように思います。

 

「お医者さんが念の為大きな病院で診てもらうようにと話したから,すぐにでも行ってみよう。」と考える患者もいれば,「念の為だと言っていたし,そんなに大事にはならないだろうから,しばらく様子を診ていればいいか。」と考えるか,これはそれぞれの患者の受け止め方次第であって,全ての患者が,医師のその時々の言葉や懸念事項を,医師と同じくらいの重みで受け止めて理解してくれるとは限りません。

 

 

 

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【医業関連】インフォームドコンセント②

昨年11月のブログで,インフォームドコンセントの考え方について簡単にお話しました。

とはいっても,何をどこまで説明しておけばよいのかは個々のケース(症例やどのようなリスクが伴う事例なのか)によって異なりますので,医師がどこまで説明義務を負うのか,著名な裁判例を示して,イメージを持っていただきたいと思います。

 

**********

最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決】

この事案では,乳がんを患った患者が,担当医師に対し,実際に実施予定であった手術(「胸筋温存乳房切除術」)の他に,選択肢の1つとしてあった「乳房温存療法」について十分な説明がなされておらず,診療契約上の説明義務が尽くされていなかった,として争われました。

 

患者に対し乳がんの手が行われた当時は平成3年で,「乳房温存療法」は,当時の医療水準としては,確立されていませんでした。だからこそ,未確立の療法について,医師がどこまで説明義務を果たすべきかは,難しい問題であったといえます。

 

この裁判では,未確立の療法については,「常に(医師が)説明義務を負うと解することはできない」としながらも,「医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できない」と判断しています。

 

具体的には,

①その療法が少なからぬ医療機関で実施されていて,

②相当数の実施例があり,

③これを実施した医師の間で積極的評価もされているものについて,

④患者がその療法の自己への適応の有無や実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合は,

⑤医師が知っている範囲で,

その療法の内容適応可能性やそれを受けた場合の利害得失当該療法を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務がある,

と判断されました。

 

その上で,実際にこのケースの患者においては,「乳房温存療法」について関心を戴いていたことが明らかだと認められ(患者が医師に対して手紙を送っていたようです。)し,担当医師も乳がんの専門医であり実際に「乳房温存療法」の実施経験もあった方でした。結果として,本件では説明義務の不履行が認められました。

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医師の側が,絶対に説明義務違反の責任を問われないようにと,あらゆる未確立の療法について常に先端的な治療法を勉強・実践していくことには,限界があります。

 

また,大都市の大病院に所属する医師と,地方のクリニックの医師が行うことのできる診療には,医療設備等などの問題で,自ずと差異が出ます。

 

そのため,ひとりの医師が何に対してどこまで説明義務を負うのかということは,例えば「専門医」の認定の有無や,どの学会に所属している医師なのか・臨床経験はどうか,といったことを総合的に見た上で,どこまでの医療水準に従った説明義務を負うのか,という点が決まります。

 

医師自身が学会や研究会で先端的な医療の知識を吸収し続けることは,専門家として当然求められるわけですが,各自の専門分野に関する診療行為の中で,未確立の療法について関心を抱いた患者に出会った場合,情報収集の上,結果を丁寧に伝えるとともに,それをしっかり記録に残しておくことが重要です。

 

 

 

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【医業関連】診療録や看護記録等の役割

医師による診療録は,患者が診療を受けた経緯,主訴,症状,問診・検査の結果,医師の評価・診断内容,治療内容,治療方針に関する説明の有無・内容…などといった事実を把握するために,重要な役割を果たします。

 

医師が診療録を作成することは医師法で定められた義務にもとづくものであり,医師がその責任と専門的立場から,業務の一環として,規則的かつ経時的に作成されるものであって,通常は「紛争発生前に」「紛争とは関係なく」作成されるものです。

 

だからこそ,例えば医療ミスなどで医療訴訟に発展した場合は,裁判の証拠として医師の診療録が重要な意味を持つことになります。

 

医師の診療録と同じ位置づけにあるものとしては,歯科医師の診療録,保険医の作成する診療録,助産録,調剤録,照射録など,法律上作成が義務付けられている文書があります。

 

診療録に準ずるものとしては,看護記録が代表的ですが,看護記録は法律で作成が義務付けられているものではありません。

しかし,医師の診療録と同様にその責任と専門的立場に立って,規則的・経時的に作成されるものですので,医療訴訟においては診療録と同様に,事実関係の把握に重要な役割を果たすわけです。

 

診療録等の訂正に関する問題は,またの機会にお話します。

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【医業関連】インフォームドコンセントの考え方①

医療の分野では,「インフォームドコンセント」という言葉が浸透していますが,これは元々は米国から日本に取り入れられた概念です。

 

「説明と同意」という和訳がなされることが多く,意味合いとしては,治療を受ける患者側が正確な情報を与えられた上で合意すること,を意味します。

 

英語の " informed consent "の本来的な意味は,医療の分野に限らず,あらゆる法的契約関係に通用する概念のようです。

 

具体的には,医師が患者に対し,

①どういった治療法が選択肢としてあるのか,

②その治療にはどのようなメリット・デメリットが存在するのか

について正しく説明し,

③患者側に①②について十分理解しもらった上で,どの選択肢を採るのか決めてもらう,

というプロセスを辿ります。

 

多くの場合,患者側はインフォームドコンセントの場面で「私は,医師の十分な説明を受けた上で,同意します(又は拒否します)。」という内容の書面への署名を求められます。(※家族が手術の同意書にサインする場面を思い浮かべて下さい。)

 

この過程を経ることによって,医師の治療行為について患者側が自らの意思で決定をしたことになりますので,その後万が一治療によって望まない結果が生じた場合においても,その責任を全て医師側に問うということが出来ない場合があります。

 

インフォームドコンセントが不十分なまま医師が治療方針を貫いた場合,治療結果によっては「患者側に十分なリスク説明がなかった」として,紛争に発展するおそれがあります。

 

大がかりな手術を行う大病院は勿論のこと,比較的少人数のクリニックにおいても,治療方針ごとのインフォームドコンセントの時間をきちんと設けることは,紛争回避及び経営リスク回避にとって非常に大切です。

 

ただ「説明の機会さえ設ければよい」という話ではなく,基本的に「治療を行うプロと,素人の患者」といった避けられない情報格差がある関係の中で,必要な情報を共有して互いの考えを分かりあうということに重点があります。

 

医業分野にかかわらず弁護士業務もそうですが,当事者間でのコミュニケーションが取れていることで避けられる紛争が,沢山あるように思います。

 

 

 

 

 

 

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【労働】パワーハラスメントについて①

少し前に,パワハラに関する基礎的な研修をさせていただきまして,いい勉強のきっかけを戴きました。

 

研修の内容に関連する内容を,何回かにわかってまとめてみたいと思います。

 

近年,すっかり「セクハラ」「パワハラ」という言葉が誰でもなじみのある言葉になっていますが,正確に定義を頭に入れている方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。

 

パワハラについては,厚生労働省に「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ(WG)」というところが定義を定めています。

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」です。

 

行為類型は,大きく下記の類型に分かれます。

①暴行・傷害,②脅迫・名誉毀損等,③無視・仲間外し,④業務上不要なことの強制,仕事の妨害,⑤業務の合理性なく能力・経験とかけ離れた仕事を命じること等,⑥私的な事項に過度に立ち入ること,etc…

 

①②については,パワハラ民法上の不法行為(民709条)として問題となるだけでなく,刑法上の犯罪として刑事告訴される可能性もあります。

 

特に①の暴行については,どこまでが「暴行」と言えるのかについて,民法・刑法で概念が大きく異なるということではありません。

ですから,「相手がいる方向に物を投げつける(相手に直接当たらなかった場合)」だけでも,相手の身体に危険を及ぼしうる行為であれば,民法上も刑法上も問題になりえます。

 

②の名誉毀損については,上司が部下に対して行った厳しい言動等が名誉毀損に当たるかが問題となることが多いです。

 

上司が,なかなか思うように成果を上げない部下に対して叱咤激励・指導の一環として行った言動について,名誉毀損に当たるか否かの判断が1審・2審で分かれたケースがあります。

 

上司が部下に対して送信した「意欲がない,やる気がないなら,会社を辞めるべきだと思います。」,「会社にとっても損失そのものです。」「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。」等と記載されたメールを送信した事実が名誉毀損に当たるとともに,業務上の指導の範囲を逸脱したパワハラ行為に当たるとして,慰謝料請求がなされた事案です。

 

以下,裁判例の判決文を抜粋して引用しながら,判断の分かれ目を考えてみます。

(以下,パワハラを受けた従業員をX,その上司をYとして説明します。)

 

東京地裁平成16年12月1日判決】

「本件メールは,上司の叱責としては,相当強度のものと理解でき,これを受ける者としては,原告に限らず,相当のストレスを感じることは間違いない。しかし,この表現だけから直ちに本件メールが業務指導の範囲を逸脱したもので,違法であるとするのは無理がある。」

「本件メールを送信したことが,Yの私的感情に基づくと認められる証拠はなく,その経緯に照らせば,Yが組織の責任者として,課長代理にあるXに対し,その業務成績の低下防止のため奮起を促す目的で本件メールを送信したことは十分に首肯できる。」

 「Yの本件メールは,Xに対する業務指導の一環として行われたものであり,私的な感情から出た嫌がらせとは言えず,その内容もXの業務に関するものにとどまっており,メールの表現が強いものとなっているものの,いまだXの人格を傷つけるものとまで認めることは出来ない。」

 

 

以上のように,第1審では,Yのメールは名誉毀損にもパワハラにも当たらないとの判断がなされました。

 

この事案の経緯や事実を詳しく見ると,Yが理由もなくいたずらにXに対して厳しい内容のメールを送信したのではなく,Xの業務成績を指摘する内容に加えて上記の各メールを送信していたことを捉えて,人格侵害とまでは評価できないとの結論に至ったのだと思います。

 

 

東京高裁平成17年4月20日判決】

上記のケースが,第2審でどのように判断されたかというと・・・

「…人の気持ちを逆なでする侮辱的言辞と受け取られても仕方のない記載などの他の部分ともあいまって,Xの名誉感情をいたずらに毀損するものであることは明らかであり,上記送信目的が正当であったとしても,その表現において許容限度を超え,…不法行為を構成する。」(←名誉毀損に当たる,と認定。)

「本件メールが,…Xの名誉を毀損するものであったとしても,その目的は,Xの地位に見合った処理件数に到達するようXを叱咤督促する趣旨であることがうかがえ,その目的は是認することが出来るのであって,Yにパワーハラスメントの意図があったとまでは認められない。」(←パワハラに当たらない,と認定。)

 …と判断されています。

 

名誉毀損について1審との評価が分かれた点としては,YからXに充てたメールの記載ぶりが,前後の文脈と合わせて読んだときに,Xに対する退職勧告ともXが会社にとって不必要な人間であるとも受け取られかねない表現になっていたとして,叱咤激励・指導の表現として許容範囲を超えている,と評価されたことが挙げられます。

(※この他,Yがメール内でXを非難する内容の箇所について,赤文字でポイントを大きくして記載していた(←こんな風に),といった表現形式も問題視されていました。)

 

上記の事例のように,上司から部下に対し指導・叱咤激励の目的でなされたメールや発言は,それが単なる人格攻撃ではなく部下の業務成績に裏付けられた厳しい指導・指摘のつもりであったとしても,無用に辛辣な言葉を使ったり,その表現形式・指摘の頻度等によっては,叱咤激励の域を超えて,Xの社会的評価を低下させる名誉毀損行為に当たると判断される可能性があります。

 

また,1つの言動について,名誉毀損パワハラの該当性が両方問題とされた場合には,両方に該当する・しないといった統一的判断がなされるとは限らず,名誉毀損の該当性とパワハラの該当性が,それぞれ判断される(上記の東京高裁の事例のように,名誉毀損に当たるけれど,パワハラではないという結論もありうる。)点にも留意が必要です。 

 

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【労働】定額残業代は使用者のメリットになるのか②

前々回の記事の続きです。

 

 割増賃金相当分を基本給の中に組み込んで定額で支給している会社の場合,割増賃金に当たる部分が明確に区分されている必要がある,という話をしました。

 

ところが,例外的に上記の区分が明確になっていなくても,割増賃金相当分の定額払いの合意が有効と判断された裁判例もあります。

 

東京地裁判決平成10年7月27日

東京地裁判決平成17年10月19日

 

①の理由としては,ウエイターとして働いていた労働者が,店舗の営業時間後の後片付けを含む実労働時間について割増賃金の支払を請求したところ,使用者側は「基本給40万円の中に割増賃金分も含まれている」として割増賃金支払義務が発生していないと主張したものです。

 

①のケースで裁判所は,

・原告(労働者)の1日の勤務時間は午後5時から翌午前2時までであるにもかかわらず,原告が午後10時以降の深夜の割増賃金の支払を求めていないこと

・原告と同時に入社した別の社員は,「ウエイターにしては月額40万円の賃金は高いなと思ったこと

・被告(使用者)は,午後10時以降の割増賃金も含めて原告の賃金を定めたと主張していること

以上を理由として,原告・被告は本件労働契約締結の際,午後10時以降の深夜の割増賃金も含めて原告の基本給月額を40万円とすることを合意した,と認めました。

 

結局,当該労働者に対してその労働に見合った対価が支払われているかを考えたときに,支給総額40万円で実質的に割増賃金分が支払われていると判断されたことで,割増賃金相当分の明確な区分がなくてもよいという結論になりました。

 

②のケースは,

・原告(労働者)の給与が労働時間週によってではなく,会社にどのような営業利益をもたらし,どのような役割を果たしたのかによって決められていること

・被告(使用者)は原告の労働時間を管理しておらず,原告の仕事の性質上,原告が自分の判断で営業活動や行動計画を決め,被告もこれを許容していたこと

・このため,そもそも被告は原告がどのくらい時間外労働をしたのか,把握することが困難なシステムとなっていること

・原告は,被告から受領する年次総報酬以外に,超過勤務手当の名目で金員が支給されるとは考えていなかったこと

・原告は被告から高額の報酬(月額約183万以上)を受けており,1日70分間の超過勤務手当を基本給の中に含めて支払う合意があったと考えても,労働者保護には欠けないこと

という理由で,基本給(年次総報酬額)の中に超過勤務手当も含めるとの合意が有効と判断されました。

 

①も②も,いずれも,労働の対価として実質的に十分な賃金が支払われている(=労働者保護に欠けるところがないといえる)ことがポイントとなっていますので,

使用者からすると,労働の対価として適切な金額さえ支払っていれば,基本給と割増賃金部分の区分を明確化しなくてもよいという話になりそうです。

 

ただ,①②の裁判例は,あくまでケースの個別的事情の検討結果として,最高裁の判断基準の例外に当たる場合と考えられます。

やはり労務管理上は,基本給に割増賃金を含める場合には,これらの区分を明確にしておくことが望ましいと思います。

 

 

※先日,「12人の怒れる男」という演劇を観ました。俳優さんが2時間ぶっ通しで舞台に立ち,アメリカの陪審員12名の緊迫感あふれる評議の模様を演ずるというものです。元はアメリカの脚本のようなので,日本語に翻訳された時に,必ずしも日本の裁判用語と一致するわけではありません。

日本では,「被告」は民事事件でしか使わず,「被告人」は刑事事件でしか使いません。

「弁護人」も,刑事事件でしか出てきません。弁護士が刑事事件の裁判で被告人を弁護する立場となったとき,「弁護人」という呼称になります。

上記の舞台では,刑事事件の陪審の場面なのに「被告」という言葉が使われていたので,アメリカでは「被告」「被告人」の用語の区別はどうなっているんだろうと少し気になってしまいました。(つづく)

 

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