弁護士奧野舞のブログ

弁護士法人シティ総合法律事務所(http://www.city-lawoffice.com/)

【医業関連】診療録や看護記録等の役割

医師による診療録は,患者が診療を受けた経緯,主訴,症状,問診・検査の結果,医師の評価・診断内容,治療内容,治療方針に関する説明の有無・内容…などといった事実を把握するために,重要な役割を果たします。

 

医師が診療録を作成することは医師法で定められた義務にもとづくものであり,医師がその責任と専門的立場から,業務の一環として,規則的かつ経時的に作成されるものであって,通常は「紛争発生前に」「紛争とは関係なく」作成されるものです。

 

だからこそ,例えば医療ミスなどで医療訴訟に発展した場合は,裁判の証拠として医師の診療録が重要な意味を持つことになります。

 

医師の診療録と同じ位置づけにあるものとしては,歯科医師の診療録,保険医の作成する診療録,助産録,調剤録,照射録など,法律上作成が義務付けられている文書があります。

 

診療録に準ずるものとしては,看護記録が代表的ですが,看護記録は法律で作成が義務付けられているものではありません。

しかし,医師の診療録と同様にその責任と専門的立場に立って,規則的・経時的に作成されるものですので,医療訴訟においては診療録と同様に,事実関係の把握に重要な役割を果たすわけです。

 

診療録等の訂正に関する問題は,またの機会にお話します。

広告を非表示にする

【医業関連】インフォームドコンセントの考え方①

医療の分野では,「インフォームドコンセント」という言葉が浸透していますが,これは元々は米国から日本に取り入れられた概念です。

 

「説明と同意」という和訳がなされることが多く,意味合いとしては,治療を受ける患者側が正確な情報を与えられた上で合意すること,を意味します。

 

英語の " informed consent "の本来的な意味は,医療の分野に限らず,あらゆる法的契約関係に通用する概念のようです。

 

具体的には,医師が患者に対し,

①どういった治療法が選択肢としてあるのか,

②その治療にはどのようなメリット・デメリットが存在するのか

について正しく説明し,

③患者側に①②について十分理解しもらった上で,どの選択肢を採るのか決めてもらう,

というプロセスを辿ります。

 

多くの場合,患者側はインフォームドコンセントの場面で「私は,医師の十分な説明を受けた上で,同意します(又は拒否します)。」という内容の書面への署名を求められます。(※家族が手術の同意書にサインする場面を思い浮かべて下さい。)

 

この過程を経ることによって,医師の治療行為について患者側が自らの意思で決定をしたことになりますので,その後万が一治療によって望まない結果が生じた場合においても,その責任を全て医師側に問うということが出来ない場合があります。

 

インフォームドコンセントが不十分なまま医師が治療方針を貫いた場合,治療結果によっては「患者側に十分なリスク説明がなかった」として,紛争に発展するおそれがあります。

 

大がかりな手術を行う大病院は勿論のこと,比較的少人数のクリニックにおいても,治療方針ごとのインフォームドコンセントの時間をきちんと設けることは,紛争回避及び経営リスク回避にとって非常に大切です。

 

ただ「説明の機会さえ設ければよい」という話ではなく,基本的に「治療を行うプロと,素人の患者」といった避けられない情報格差がある関係の中で,必要な情報を共有して互いの考えを分かりあうということに重点があります。

 

医業分野にかかわらず弁護士業務もそうですが,当事者間でのコミュニケーションが取れていることで避けられる紛争が,沢山あるように思います。

 

 

 

 

 

 

広告を非表示にする

【労働】パワーハラスメントについて①

少し前に,パワハラに関する基礎的な研修をさせていただきまして,いい勉強のきっかけを戴きました。

 

研修の内容に関連する内容を,何回かにわかってまとめてみたいと思います。

 

近年,すっかり「セクハラ」「パワハラ」という言葉が誰でもなじみのある言葉になっていますが,正確に定義を頭に入れている方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。

 

パワハラについては,厚生労働省に「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ(WG)」というところが定義を定めています。

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」です。

 

行為類型は,大きく下記の類型に分かれます。

①暴行・傷害,②脅迫・名誉毀損等,③無視・仲間外し,④業務上不要なことの強制,仕事の妨害,⑤業務の合理性なく能力・経験とかけ離れた仕事を命じること等,⑥私的な事項に過度に立ち入ること,etc…

 

①②については,パワハラ民法上の不法行為(民709条)として問題となるだけでなく,刑法上の犯罪として刑事告訴される可能性もあります。

 

特に①の暴行については,どこまでが「暴行」と言えるのかについて,民法・刑法で概念が大きく異なるということではありません。

ですから,「相手がいる方向に物を投げつける(相手に直接当たらなかった場合)」だけでも,相手の身体に危険を及ぼしうる行為であれば,民法上も刑法上も問題になりえます。

 

②の名誉毀損については,上司が部下に対して行った厳しい言動等が名誉毀損に当たるかが問題となることが多いです。

 

上司が,なかなか思うように成果を上げない部下に対して叱咤激励・指導の一環として行った言動について,名誉毀損に当たるか否かの判断が1審・2審で分かれたケースがあります。

 

上司が部下に対して送信した「意欲がない,やる気がないなら,会社を辞めるべきだと思います。」,「会社にとっても損失そのものです。」「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。」等と記載されたメールを送信した事実が名誉毀損に当たるとともに,業務上の指導の範囲を逸脱したパワハラ行為に当たるとして,慰謝料請求がなされた事案です。

 

以下,裁判例の判決文を抜粋して引用しながら,判断の分かれ目を考えてみます。

(以下,パワハラを受けた従業員をX,その上司をYとして説明します。)

 

東京地裁平成16年12月1日判決】

「本件メールは,上司の叱責としては,相当強度のものと理解でき,これを受ける者としては,原告に限らず,相当のストレスを感じることは間違いない。しかし,この表現だけから直ちに本件メールが業務指導の範囲を逸脱したもので,違法であるとするのは無理がある。」

「本件メールを送信したことが,Yの私的感情に基づくと認められる証拠はなく,その経緯に照らせば,Yが組織の責任者として,課長代理にあるXに対し,その業務成績の低下防止のため奮起を促す目的で本件メールを送信したことは十分に首肯できる。」

 「Yの本件メールは,Xに対する業務指導の一環として行われたものであり,私的な感情から出た嫌がらせとは言えず,その内容もXの業務に関するものにとどまっており,メールの表現が強いものとなっているものの,いまだXの人格を傷つけるものとまで認めることは出来ない。」

 

 

以上のように,第1審では,Yのメールは名誉毀損にもパワハラにも当たらないとの判断がなされました。

 

この事案の経緯や事実を詳しく見ると,Yが理由もなくいたずらにXに対して厳しい内容のメールを送信したのではなく,Xの業務成績を指摘する内容に加えて上記の各メールを送信していたことを捉えて,人格侵害とまでは評価できないとの結論に至ったのだと思います。

 

 

東京高裁平成17年4月20日判決】

上記のケースが,第2審でどのように判断されたかというと・・・

「…人の気持ちを逆なでする侮辱的言辞と受け取られても仕方のない記載などの他の部分ともあいまって,Xの名誉感情をいたずらに毀損するものであることは明らかであり,上記送信目的が正当であったとしても,その表現において許容限度を超え,…不法行為を構成する。」(←名誉毀損に当たる,と認定。)

「本件メールが,…Xの名誉を毀損するものであったとしても,その目的は,Xの地位に見合った処理件数に到達するようXを叱咤督促する趣旨であることがうかがえ,その目的は是認することが出来るのであって,Yにパワーハラスメントの意図があったとまでは認められない。」(←パワハラに当たらない,と認定。)

 …と判断されています。

 

名誉毀損について1審との評価が分かれた点としては,YからXに充てたメールの記載ぶりが,前後の文脈と合わせて読んだときに,Xに対する退職勧告ともXが会社にとって不必要な人間であるとも受け取られかねない表現になっていたとして,叱咤激励・指導の表現として許容範囲を超えている,と評価されたことが挙げられます。

(※この他,Yがメール内でXを非難する内容の箇所について,赤文字でポイントを大きくして記載していた(←こんな風に),といった表現形式も問題視されていました。)

 

上記の事例のように,上司から部下に対し指導・叱咤激励の目的でなされたメールや発言は,それが単なる人格攻撃ではなく部下の業務成績に裏付けられた厳しい指導・指摘のつもりであったとしても,無用に辛辣な言葉を使ったり,その表現形式・指摘の頻度等によっては,叱咤激励の域を超えて,Xの社会的評価を低下させる名誉毀損行為に当たると判断される可能性があります。

 

また,1つの言動について,名誉毀損パワハラの該当性が両方問題とされた場合には,両方に該当する・しないといった統一的判断がなされるとは限らず,名誉毀損の該当性とパワハラの該当性が,それぞれ判断される(上記の東京高裁の事例のように,名誉毀損に当たるけれど,パワハラではないという結論もありうる。)点にも留意が必要です。 

 

広告を非表示にする

【労働】定額残業代は使用者のメリットになるのか②

前々回の記事の続きです。

 

 割増賃金相当分を基本給の中に組み込んで定額で支給している会社の場合,割増賃金に当たる部分が明確に区分されている必要がある,という話をしました。

 

ところが,例外的に上記の区分が明確になっていなくても,割増賃金相当分の定額払いの合意が有効と判断された裁判例もあります。

 

東京地裁判決平成10年7月27日

東京地裁判決平成17年10月19日

 

①の理由としては,ウエイターとして働いていた労働者が,店舗の営業時間後の後片付けを含む実労働時間について割増賃金の支払を請求したところ,使用者側は「基本給40万円の中に割増賃金分も含まれている」として割増賃金支払義務が発生していないと主張したものです。

 

①のケースで裁判所は,

・原告(労働者)の1日の勤務時間は午後5時から翌午前2時までであるにもかかわらず,原告が午後10時以降の深夜の割増賃金の支払を求めていないこと

・原告と同時に入社した別の社員は,「ウエイターにしては月額40万円の賃金は高いなと思ったこと

・被告(使用者)は,午後10時以降の割増賃金も含めて原告の賃金を定めたと主張していること

以上を理由として,原告・被告は本件労働契約締結の際,午後10時以降の深夜の割増賃金も含めて原告の基本給月額を40万円とすることを合意した,と認めました。

 

結局,当該労働者に対してその労働に見合った対価が支払われているかを考えたときに,支給総額40万円で実質的に割増賃金分が支払われていると判断されたことで,割増賃金相当分の明確な区分がなくてもよいという結論になりました。

 

②のケースは,

・原告(労働者)の給与が労働時間週によってではなく,会社にどのような営業利益をもたらし,どのような役割を果たしたのかによって決められていること

・被告(使用者)は原告の労働時間を管理しておらず,原告の仕事の性質上,原告が自分の判断で営業活動や行動計画を決め,被告もこれを許容していたこと

・このため,そもそも被告は原告がどのくらい時間外労働をしたのか,把握することが困難なシステムとなっていること

・原告は,被告から受領する年次総報酬以外に,超過勤務手当の名目で金員が支給されるとは考えていなかったこと

・原告は被告から高額の報酬(月額約183万以上)を受けており,1日70分間の超過勤務手当を基本給の中に含めて支払う合意があったと考えても,労働者保護には欠けないこと

という理由で,基本給(年次総報酬額)の中に超過勤務手当も含めるとの合意が有効と判断されました。

 

①も②も,いずれも,労働の対価として実質的に十分な賃金が支払われている(=労働者保護に欠けるところがないといえる)ことがポイントとなっていますので,

使用者からすると,労働の対価として適切な金額さえ支払っていれば,基本給と割増賃金部分の区分を明確化しなくてもよいという話になりそうです。

 

ただ,①②の裁判例は,あくまでケースの個別的事情の検討結果として,最高裁の判断基準の例外に当たる場合と考えられます。

やはり労務管理上は,基本給に割増賃金を含める場合には,これらの区分を明確にしておくことが望ましいと思います。

 

 

※先日,「12人の怒れる男」という演劇を観ました。俳優さんが2時間ぶっ通しで舞台に立ち,アメリカの陪審員12名の緊迫感あふれる評議の模様を演ずるというものです。元はアメリカの脚本のようなので,日本語に翻訳された時に,必ずしも日本の裁判用語と一致するわけではありません。

日本では,「被告」は民事事件でしか使わず,「被告人」は刑事事件でしか使いません。

「弁護人」も,刑事事件でしか出てきません。弁護士が刑事事件の裁判で被告人を弁護する立場となったとき,「弁護人」という呼称になります。

上記の舞台では,刑事事件の陪審の場面なのに「被告」という言葉が使われていたので,アメリカでは「被告」「被告人」の用語の区別はどうなっているんだろうと少し気になってしまいました。(つづく)

 

広告を非表示にする

【相続・財産管理】要らなくなった不動産の行く末は?

お盆です。

 帰省したついでに,「うちは将来相続でもめたりしないんだろうか。」「うちには財産がいくらあって,誰がどう管理しているんだろうか。」なんてことを考えたりしませんか?(しないですかね。)

 

実際の遺産相続の場面においても,生前に財産関係の整理をする場面においても,不動産があると,なかなか手間がかかります。

 

現金や有価証券は相続分どおりに分けることが出来ても,不動産は性質が異なります。

実際の遺産分割の場面では,どういう分割の仕方をしているかというと,大きく分けて,

①相続人のうちの1人が不動産を現物で取得して,他の相続人には,不動産の価値に相当する現金(「代償金」といいます。)を支払う方法

②不動産を売却してお金に換え,その現金を相続人全員で相続分どおりに分ける方法

があります。

 

実際に数字を入れてイメージしてみます。

 

【事例】

亡くなったAさん(男性・80歳)には,妻(75歳)が一人,子どもが二人(40代,既に本州でそれぞれ家庭を築いている。)いました。

Aさんが残した遺産は,Aさん名義の自宅(小樽市)の土地・建物(固定資産評価額で,合計3000万円)と,預貯金3000万円でした。

法定相続人である妻(相続分=2分の1)と子ども二人(各自の相続分=4分の1)の間では,相続分どおりに遺産分割をする意向で,合意が出来ています。

 

この事例の場合,Aさんの遺産総額が6000万円なので,妻が受け取る遺産総額は3000万円,子どもが受け取る遺産総額はそれぞれ1500万円になります。

あとは,Aさん名義の土地を今後どうするかによって,上記①②のいずれを選ぶのかを考えます。

 

例えば,妻が今後も小樽の自宅に住み続けるのであれば,①の方法を選択し,不動産は妻が取得して,不動産価値相当額の代償金を子どもら二人に支払えばよいということになります。

ここで,法定相続人である子どもらは,本来小樽の不動産についても4分の1ずつ権利がある(持分権といいます。)ので,3000万円の不動産のうち750万円分に相当する持分権があります。不動産を単独で取得した妻は,合計1500万円を現金で子どもら二人に対して支払えば,法定相続分どおりに遺産分割が出来たことになります。

 

では,妻が「一人で一軒家に住むのもしんどいから,老人ホームに入ることにした。自宅はもう誰も住まないので,処分に困っている。」と話している場合はどうでしょう。

子どもらも小樽に帰って生活する予定はないですし,不動産を残しておいても,空き家のままで固定資産税を毎年払い続けるだけになってしまい,もったいないですよね。

 

こういう場合は②の方法を選択し,小樽の自宅を売却して現金に換え,預貯金と同じように,相続分どおりに分けてしまえば,綺麗に分割できます。

 

もちろん,すんなりと①か②で分割できる場合ばかりではありません。

①の方法をとるとき,

事例では,Aさんが預貯金を3000万遺してくれたので,妻は自分が相続した1500万円の現金を子どもらへの代償金に充てて支払えば,一件落着でした。

仮に,Aさんが預貯金や他の財産を全く遺さないで亡くなり,妻自身の財産も無い場合,妻は小樽の自宅を取得したとしても,子どもらに代償金合計1500万円を支払うことができません。

 

②の方法をとったとき,

「そもそも,小樽の自宅はそんなすぐに買い手がついて売れる物件なのか?」という問題があります。

 

こういった不都合があって①②の方法を採ることが難しい場合,

誰も取得する予定がなく,買い手がつきそうにない不動産はどうなるかというと,相続人全員での「共有」物件という,何だか中途半端な状態になってしまいます。

 

このように,遺産に不動産があるか,その不動産を単独で取得したい相続人がいるか,代償金を準備できるか,不動産の処分の見込みがあるのか,誰が売却の手配をして話を進めるのか・・・といった,様々な事情の中で,「現時点でどのような分割方法がベストなのか」ということを考えていくのが遺産分割協議の場です。

 

いざ遺産分割の時になってから,法定相続人全員に連絡をとって不動産の分割協議をするのはなかなか骨が折れます。

 

今のうちに,どういう処分が現実的なんだろうと考えておくことをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広告を非表示にする

【労働】定額残業代は使用者のメリットになるのか①

業種によっては,時間外労働が日常的に発生してしまう場合があります。(運送業,タクシー・運転代行業などがイメージしやすいでしょうか。)

 

こうした場合に,使用者と労働者との合意によって,「時間外労働に対する対価を,定額の手当として支給する」場合があります。

 

これ自体は,行政解釈と裁判例によって認められていて,割増賃金を労基法37条の定めのとおりに計算して支払っても,定額の手当として支払っても,実際に労基法37条に基づいて計算した割増賃金額を下回らない限りは適法とされています。

 

前回の記事(http://maioqueno.hatenablog.com/entries/2015/08/05)で示した算定式を使って計算してみます。


【事例】

Aさんは,勤務先から受けていた給与・手当は下記のとおりです。

(※通勤手当などの法定除外手当は,計算の関係上省略します。)

 

・基本給 16万円

・残業手当 5万円

・1ヶ月の所定労働時間 160時間(8時間×20日間)

Aさんは,時間外労働が毎月平均して40時間ほど発生していました。

(なお,時間外労働は午後10時以降の時間帯には発生していなかったものとします。)

 

平成27年6月におけるAさんの時間外労働時間数が40時間ちょうどだった場合,労基法37条にもとづいて割増賃金を計算すると,

「16万円÷160時間×40時間×1.25=5万」となりますので,

残業手当として支払われた5万円は,労基法37条で算定した金額を下回っていませんので,使用者にAさんへの割増賃金支払義務は発生しません。

 

ところが,同年7月におけるAさんの時間外労働時間数が41時間だった場合,労基法37条に基づいた割増賃金は,

「16万円÷160時間×41時間×1.25=5万1250」となりますので,

残業手当5万円が,労基法37条で算定した金額を下回っています。

この場合,Aさんは残業手当との差額1250円について,使用者に割増賃金の支払請求が出来ることになります。

 

上記は,基本給と残業手当が明確に区分されて支払われていたケースを前提としているので,計算は簡単です。

 

 

会社によっては,割増賃金相当分の金額を「基本給」の中に含めてしまっている場合もあります。(上記のAさんの例でいえば,給与明細上「基本給21万円」が支給されているが,会社としては内5万円は割増賃金相当分として支給したつもりだった,というような場合です。)

 

この場合,労基法37条の算出結果と,割増賃金相当分の定額部分を比較することが出来なくなりそうです。

 

しかし最高裁判例最高裁第一小法廷昭和63年7月14日判決,最高裁第二小法廷平成6年6月13日判決)では,基本給のうち割増賃金に当たる部分は明確に区分されている必要があり,その区分が不明確な場合には『時間外割増賃金を定額で支払う』との合意の効力は無いものと判断されています。

 

したがって,もしAさんの勤務先の給与明細や労働条件通知書・雇用契約書等に「基本給21万円」とだけ記載されており,うち5万円が割増賃金相当分ということが明記されていなければ,使用者側がいくら「5万円は割増賃金の趣旨で支払っていたんです!」と主張しても,裁判所では認めてもらえない可能性が高いでしょう。

 

その結果,平成27年6月のAさんの割増賃金を労基法37条に基づいて計算すると

「21万円÷160時間×40時間×1.25=6万5625円」となり,

会社としては,平成27年6月に40時間分の時間外労働をしたAさんに対し,基本給+割増賃金の合計27万5625円について,支払義務が発生することになります。

 

手当を割増賃金相当定額分として支払う場合は,基本給との明確な区分をしておかないと,使用者としては想定外に大きな支出を伴うことになってしまいます。

 

もっとも,基本給と割増賃金相当分の区分が明確でなかった場合でも,「時間外割増賃金を定額で支払う」旨の合意が有効とされた裁判例もあります。

これは各事件の個別的な事情に着目する必要があるので,次回以降,裁判例を挙げて考えてみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

広告を非表示にする

【労働】位置づけ不明な手当がついていませんか?

労働基準法37条で定められている「割増賃金」は,下記のような計算式で算出することが出来ます。

 

 ★基本給+★諸手当(ただし法定除外手当を除く。)×時間外労働時間数×割増率

    1ヶ月の平均所定労働時間

 

割増賃金を支払う使用者側からすると,「★」のついている金額が高くなる分だけ,労働者に支払う割増賃金が多くなる仕組みになっています。

 

労働者の皆さんは,ご自身の給与明細を手に取ってみてください。「○○手当」というのがいっぱい付いていないでしょうか。

このうち,上記の計算式の「★諸手当」に含むものがどれくらいあるでしょうか。

 

計算式の中にある「法定除外手当」というのは,その名のとおり,割増賃金の計算から外すことができる手当が,法律で決まっているのです。

 

具体的には,

①家族手当,②通勤手当,③別居手当,④子女教育手当,⑤住宅手当,⑥臨時に支払われた賃金,⑦1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金,です(労働基準施行規則21条)。

これ以外には,認められていません。

 

「じゃあ既存の手当に,①~⑦と同じ名前を付ければ,割増賃金計算から除外出来るんだ…」と考えてしまいそうですが,それも違います。実質の伴った手当の支給じゃないと,除外できません。

 

例えば,①家族手当なら,「家族の人数に応じて支給するもの」であれば割増賃金計算から除外できますが,人数に関係なく「一律◎万円」というような定めをしている手当は,除外されません。

 

通勤手当も,通勤距離や実質費用に応じた支給であれば除外可能ですが,距離にかかわらず一律支給しているものは,除外されません。

 

⑤住宅手当も,「家賃の一定割合」とか「持家のローン月額の一定割合」が支給されていれば除外できますが,「賃貸住宅の人は2万円・持ち家居住者は1万円」といった支給方法では,除外されません。

 

④子女教育手当については,労働局・労働基準監督署のホームページにも詳しくは書いていませんが,趣旨は従業員の子どもの教育の充実にありますから,例えば,高校・大学に進学中の子どもの人数に応じて支給されるという場合には除外可能となるでしょう。

 

使用者は,従業員に気持ちよく働いてもらうために様々な工夫をします。手当の新設もその1つであるかもしれません。(従業員家族には旅行でも行って家庭円満でいてほしいという気持ちを込めて「レジャー手当」とか,生活習慣病に気を付けてほしいから「健康手当」,とか。)

 

ただし,①~⑦の「法定除外手当」に当たらない位置づけ不明の手当が増えると,結局「諸手当」として割増賃金の算定式に加えなければなりません。

そうなると,万が一従業員から割増賃金を請求されたときに予想以上に割増賃金が膨らんでしまい,使用者が自分の首を絞めてしまうことにもなりかねません。

 

 

私自身,もし今の仕事をしていなかったら,毎月もらう給与明細の各種手当が何を理由にどういう基準で支払われているのか,気にせず一生を終えていたかもしれません(笑)。

 

お給料に手当がいっぱい付いている方は,お暇なときに,どの手当が割増賃金計算から除外されるのか考えてみてもよいかもしれません。

(…相当暇じゃないとやらないでしょうね。)

 

 

 

 

 

 

 

 

広告を非表示にする